2020年1月23日木曜日

台湾の初詣


 旧暦の12月は台湾では忘年会のシーズンです。忘年会のことを「尾牙」(台湾華語:wei3-ya2 うぇいやー、台湾語:bóe-gê ぶぇげー)と呼び、台湾の会社では非常に盛大に祝います。

日本では元旦に各家庭でおせち料理を食べますが、台湾では「圍爐」(台湾華語:wei2-lu2 うぇいるー、台湾語:ûi-lô͘ ういろー)と呼び、大晦日に家族や親戚で集まって食事をします。一年でお母さんが一番忙しい日と言われますが、今日日は外で食べることも多くなり、必ずしもそうとも言えないようです。

新年会は「春酒」(台湾華語:chun1-jiu3 ちゅんじぃぉう、台湾語:chhun-chiúつんじう)と呼んでいますね。忘年会に比べるとささやかな感じで、旧暦12月には会えなかった仲間とこぢんまりと飲んだりします。

もう一つ日本のお正月に欠かせないのは初詣ですね。台湾に初詣ってあるのでしょうか?私自身は余り聞かないような気がするのですが。

先日、親友のトントンちゃんが「尾牙」をするというので、彼の自宅兼会社のある新北市(旧台北県)の新荘まで行きました。新荘は立派な野球場があり、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)とかユニバーシアードとかすべてこの球場を使っています。

新荘にてみんなで鍋をつつきながらお喋りしていたのですが、台湾には初詣があるかどうかという話になったのです。

新荘人のトントンちゃんは、生まれてこの方台湾で初詣のようなことをしたことが無いそうです。台湾には初詣はないのではないかと言うのです。

ところが一方で林口人のヨシさんは、
「いやいやトントンちゃん、それは違いますよ、私の家は初詣みたいなことをしますよ。」
と言うのです。ちなみに林口とは台北の三井アウトレットがあるところです。

何でも旧暦12月の最後の日(最後の日というのは、年によって29日だったり30日だったりする)を「除夕」(台湾華語:chu2-xi1 ちゅーしー、台湾語: 過年暗kòe-nî-àm ごえにーあむ)と呼びますが、林口の人たちは「除夕」の夜に観音さまを祀る近所の廟にお参りするというのです。ただし日本は夜中の12時を目指して(あるいは三が日の昼間)お参りしますが、台湾では子の刻にお参りしないといけないそうで、子の刻の始まる夜の11時前に廟に行くそうです。

するとトントンちゃんは、そうかそうか、それに「ちゃんとうしゃん」もあるし、確かに台湾人も人や場所によっては初詣みたいなことをするねと言う。

「ちゃん・とう・しゃん???」

薬師丸ひろ子の「ちゃん・りん・しゃん」というCMを思い出したのですが、どうもリンス・イン・シャンプーのことではなさそうです(古い!)。

どうやらトントンちゃん先生によると、「搶頭香」(台湾華語:qiang1-tou2-xiang1 ちゃんとうしゃん、台湾語: chhiúⁿ-thâu-hiuⁿ ちぃうたうひぃう)と言って、台湾の一部の廟では、その年の最初に廟の大香炉にお香を指した人は幸運に恵まれ、更に廟から賞金がもらえるとのことです。

インターネットで検索すると、すごい映像がありました。


これを見て私も思い出しました。除夕の夜にみんな廟の外で待っていて、廟の門が子の刻に開くとともにみんな走り出すのです。毎年このイベントで転んで踏みつけられたり、他の人の香にぶつかって火傷したりして、お正月早々負傷者も出て大変な騒ぎになるのです。日本の初詣のように除夜の鐘を聞きながら雪の中を参拝する、、、というような情緒はなく、火花を飛ばしながらあばれ祭りをやっている、、、と言った方がよいかもしれません。

ところで今年、毎年負傷者を多く出して頭を悩ましているとある廟が妙案を打ち出しました。例年は廟の門から香炉まで100メートルほどを走るのですが、今年からは廟の回りをグルっと回ってから香炉へ行き1キロ競走にするというのです。こうすれば確かに今ほど混み合わず、安全になるかもしれません。


日本と同様、ランニングブームの台湾、この企みは門徒の人たちにも結構受け入れられるような気がします。もしかすると「搶頭香マラソン大会」なんか打ち出す廟も近い将来出てくるかもしれません。

(写真は上記記事から取得)

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2020年1月22日水曜日

蔡英文 英国BBC単独インタビュー


蔡英文総統は114日に英国BBCの単独インタビューに応じ、台湾総統府はその内容(全文)をリリースしています。

總統接受「英國廣播公司」(BBC)專訪內容

以下はその拙訳です。日本語がこなれていない箇所が多々ありますが、諒としていただければと思います。

なお記事内の写真は、上記ウェブサイトより取得しています。

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BBC: スケジュールと現実的な課題はさておき、あなたは台湾の正式な独立に対して賛成ですか。

蔡英文: 現実と現状は、我々は機能上既に独立した国家であり、自分たちの政府と総統選挙制度をもっています。このことは我々が主権を擁していると確固として説明できる一つの根拠であり、我々の人民は自分たちのリーダーを自分で選ぶことが出来ます。実質的に我々はすでに一つの国家です。

BBC: いつの日か、主権国家として台湾が存在しているという事実を、明確に台湾という名称で呼び、正式に独立を宣言するというやり方で伝える必要はないでしょうか。

蔡英文: 我々は自分たちが主権国家であることを再度宣言する必要性はありません。なぜなら我々は既に独立した国家だからです。我々は自分たちのことを中華民国台湾と呼んでおり、我々は自分たちを統治する国家的システムをもっており、我々には政府があり軍隊があり、まさにあなたが総統選挙をご覧になったように選挙制度があります。

BBC: あなたの大勝利について中国が重要な役割を演じていると大多数の方が考えているようですが、中国が選挙民の投票において重要な要素となったのでしょうか。

蔡英文: 私は今回の選挙は中国だけに関係しているわけではなく、数々の国内の課題、更には価値の選択に関連していると考えています。勿論、今回の選挙において中国は重要な役割を果たしましたが、しかし最終的には、総統と総統と戦う候補者は自らがこの民主国家を統治する能力があり、経済を発展させる能力があり、我々の経済を更に競争力をつけることができることを示さなければなりませんでした。更に総統候補者はここにいる一人ひとりの世話をし、台湾における平等を確保するという能力があるということを証明しなければなりませんでした。したがって、人民は次の総統に対する期待は非常に多く、候補者は政策を打ち出し、人民たちにこの候補者がこれからの四年間、自分たちのリーダーとして相応しいと感じさせなければなりません。勿論、人民は総統が確実に中国問題をうまく処理し、我々が自らのアイデンティティと自らの主権を保持し続け、世界からの尊重を得ることを望んでいます。同時に、総統は中国との関係を処理する能力があり、その関係を安定化させなければなりません。

BBC: これまでは中国からの威嚇は常に包み隠されたものであったと考えている人がいますが、なぜ今回はどんどんあからさまなものとなってきたのでしょうか。

蔡英文: 過去三年強、中国からの威嚇はますます厳重になってきています。軍事演習や艦艇及び軍用機の台湾近辺の航海及び飛行を含め、彼らはさまざまな行動をとり、過去にも増してやり方が酷くなってきており、威嚇の程度も日に日に増してきています。更に香港で起きている出来事があり、この脅威が現実であり、かつ益々酷くなっていることを人民は身を切られるような思いで感じているのです。

BBC: 馬英九前台湾総統は民主主義を維持すると同時に、この島の地位を曖昧にし続けるという代価を払うという方法で、経済と文化において中国と密接な関係を保ちました。この方法はよくないのでしょうか。

蔡英文: 情勢は既に変わりました。曖昧ではもはやなんの効果も得られません。我々は現在かなり異なる情勢に帳面しています。前政権が用いた両岸の曖昧な条件はもはや存在しません。人民の期待、国際政治の変化、そして潜在的な地域の緊張関係等、情勢の変化を我々は考慮しなければなりません。両岸関係は既に我々相互の両岸関係ではなく、地域情勢の一環なのです。現在の情勢は過去に比べずっと複雑です。

BBC: あなたの党も中国の介入の危険性について議論してきていますね。今回あなたが爆発的な勝利を得たのも、上述のような状況が非常に大きくなってきていることのあらわれではないでしょうか。

蔡英文: わたくしとしては爆発的な勝利とは言いませんが、納得がいく勝利と言えると思います。我々は前回の地方選挙から色々と学びました。前回は多くのフェイクニュースや悪意ある噂話が流され、その他台湾人の知覚と判断に影響を与える多くの行為があり、その結果あの選挙において、我々は重大な敗北と挫折を味わいました。

BBC: ということは、それらはすべて中国から来ているとお考えですか。

蔡英文: はい、大部分がそうであると考えています。したがって選挙後我々は全てを見直し、政府が状況を明確化するための対応能力を強化する制度を打ち出し、数多くの法律を修正し、フェイクニュースをつくったり広めたりした人の責任が問われるようにしました。

BBC: このようなやり方は言論の自由に反すると考える評論家もいるようですが。

蔡英文: その通りです。ですからこそ、私達は慎重にバランスを保ちつつ、一方で人民に噂話やデマを流さないように念を押しつつ、同時に自由なる国民が言論の自由を享受できるようにしています。

BBC: 台湾の地位を曖昧にして妥協する過去のやり方では、両岸が共に繁栄していくことができないとあなたはお考えですか。

蔡英文: 現在の情勢はかなり異なっているため、双方が未来に向けて厳粛に考え、共に共存の方法を探り、台湾海峡の平和と安定を維持する必要があります。



BBC: 中国からの圧力は日増しに強くなっていると仰られていますが、現時点で戦争に至るリスクをどのようにお考えでしょうか。

蔡英文: いかなる時でも戦争の可能性というものは排除することはできません。しかし、自国の防衛力を発展させ、きちんと準備することは必須です。更に軍備以外により重要なことは、国際的な支持を得なければなりません。したがって我々は挑戦的な態度をとることはしません。我々は対岸に対し挑戦的な態度をとることにより情勢の悪化を招く、あるいは対岸がやりたいことをするための言い訳を与えたくはありません。ですので、我々は挑戦的ではなく、対岸の挑戦的な行為に対する我々の反応は、まだまだ柔和なものであると考えています。

BBC: 台湾の防衛準備は整っていますか。軍事行動に台湾は耐えられるのでしょうか。

蔡英文: 我々は防衛能力強化のために大変な努力をしており、実際のところかなり良い能力を持っていると考えています。中国にとって言えば、台湾侵略あるいは台湾侵略の試みは非常に大きな代価を支払うことになるでしょう。

BBC: 最悪の事態が発生した場合、米国が助けに来るという自信はおありですか。

蔡英文: 我々はもともと地域の友人たちとともに協力し、地域の平和と安定を維持するべきであり、したがって、我々は友人たちとともに努力を続け、地域の平和と安定を維持したいと考えています。

BBC: あなたのこのような立場から、中国の影響から抜け出し、米国と同盟関係を樹立、並びに米台関係を強化することになりますが、メリットは何かと問う人もいます。依然として米国と台湾間にて自由貿易協定を締結するようなロードマップは示されていませんし、一方で中国はあなたの立場に対してペナルティを課し、これにより台湾と中国の経済関係は損害を受け、結果として経済的に深い損害を受けてしまうということになりませんか。

蔡英文: 常に変わりゆく情勢の中、リスクは常に存在し、チャレンジとチャンスも存在します。現時点において我々は情勢の変化にうまく適応しており、これを活用することによって利益を得ています。情勢の変化のお蔭で、実際には我々が多くのチャンスを得ています。
例えば、米中貿易紛争により多くの中国への投資が台湾に戻り、我々も彼らに戻ってくるように奨励しています。
彼らは戻ってきて先進的かつ高度な製造拠点を設立し、我々の経済成長の次のステップや台湾のサプライチェーンやバリューチェーンのための推進力となり、我々はこの機会を利用し、利益効果を最大化したいと考えています。この動きに從って中国から資金も戻ってきており、我々の経済見通しは一般的な予測より更に良好になっています。

BBC: 選挙でのあなたの勝利について少々お話したいと思います。中国からの直接の戦略的な挑発というより、とりわけ若い世代のアイデンティティの問題のように、台湾が既に変化したことがより重要な勝因であると考える人もいるようですが。

蔡英文: 若い世代では既に自分たちのアイデンティティがあり、既にそれが定着していると思います。我々自身は一つの国家ですし、この認識に反する事が何ら発生すれば、「我々は受け入れられない」と彼らは立ち上がって言うと思います。彼らは香港の情勢を目にし、中国からの脅威は現実でありかつ深刻で、自分たちが感じていることを立ち上がって伝えなければならず、自分たちの考えを表現するための最も良い方法は投票に行くことであると考えたのです。

BBC: 「一国二制度」というモデルにおいて、香港はまさに自由の侵害に遭遇しているとお考えでしょうか。

蔡英文: はい、私はそのように考えております。かつて過去の一時期にはこちらの人々は香港人民を非常に羨ましく思っていました。というのも彼らは英国の統治の下、多くの自由を享受していたからです。しかし1997年以降、その事情は大きく変わりました。例えば、我々がみな目にしたのは、香港で抗議活動を行っている人民に対し最近警察がとった行動です。それは見るに耐えるものでなく、このような警察は社会にあってはならない。人民は心からこのように考えています。

BBC: 中国政府が選挙でのあなたの勝利に対し、どのような反応を見せることを期待されていますか。

蔡英文: 選挙の結果が表す人民の期待を彼らは真摯に考えるべきです。これは、常に脅されることは好まず、常に抑圧されることもまた好まないという、台湾人民が発する強力なシグナルです。生活の至る分野において成功しておりことを我々は誇りに思い、我々には成功した民主主義と輝かしい経済があり、我々は中国が尊重するに値しています。したがって、台湾の人民が選挙を通して伝えたい思いは何かを、中国は真摯に考えるべきであると私は思います。

BBC: 選挙後にあなたは対話の再開を希望していると仰られました。どのように始められますか。対話再開のために、中国政府に何を提供できるとお考えですか。

蔡英文: 中国は落ち着いて思考し、現実に直面する準備をするべきであると思います。これが重要です。中国が現実に直面しようとする準備が出来ていなければ、我々が何を提案しても、彼らを満足することは出来ません。

BBC: 台湾は目下15の国家と国交があります。この数字を維持できると思いますか。

蔡英文: 中国が台湾の国交に対し破壊の手を止めることは、絶対にないでしょう。我々は正式国交をもつ友好国をつなぎとめるために出来るだけの努力をします。



BBC: あなたが誠意を見せないから、中国がこのような行動に出ると批判する人もいるようですが。

蔡英文: 信頼を確立するために私の確認メッセージは必要なことです。かつ、私は3年強の総統就任期間、中国との関係処理においては理性的であり、挑戦的であると相手にとられる行為は一切避け、我々は現状を維持しています。多くの方々が我々はもっと色々なアクションをとっていくべきであると考えていますが、しかし過去3年余り、我々の現状維持の政策は変わっていないと中国に常に言い続けています。これは我々の中国に対する善意です。

BBC: ジェンダー問題に対し責任があるとお考えでしょうか。同性婚を認める法案を可決し、また過去を振り返って見ると、これが最大の達成であるとお考えになられてますか。

蔡英文: いいえ。国家にとって有益であると人民が最終的に理解してくれることを私はたくさんやったと思います。例えば年金改革です。勿論そのプロセスには大きな痛みを伴いますが、しかしながら最終的には、我々の公務員には年金制度があり、退職金の受け取りが確保され、破産を心配する必要もありません。同性婚については、当初意見が大きく分かれました。しかしながら我々は大変なプロセスを通じて、これを完成させました。司法への信頼感を高めるため、我々は司法改革のために多くのことを行いました。しかし、これは大きなチャレンジです。まだまだ多くの時間を必要としています。でも既に進行中です。我々の速度が十分なものであり、二度目の任期期間が終わる前に具体的な結果を出せると思います。他にグリーンエネルギーも我々は非常に重視しています。海上風力発電の計画があります。これによりエネルギー供給がよりクリーンなものになります。風力発電関連産業を立ち上げ、アジアで初めてこのような能力をもつ国家になろうとしています。事実上、我々がやっていることは台湾の政治家が伝統的にはやらないようなことです。伝統的にはやらないことですが、我々はやっています。

BBC: これから四年間のビジョンをお聞かせ下さい。

蔡英文: 私は台湾をより民主的で、経済的には競争力を備え、世界でも主要な経済の担い手としたいと思っています。革新価値(Progressive Values)ということについても、我々は多くのことに取り組みました。これは最終的に台湾をしてアジアで最も進歩した国家とならしめるためです。

BBC: 死刑廃止についてはどうお考えですか。

蔡英文: 非常に難しい問題です。

BBC: あなたはどちらを支持されますか。

蔡英文: これは人類が常に達成したい目標かもしれませんが、問題はここでは大多数の人が支持しません。人民の思考様式が変わるためには、長いプロセスと時間を要します。実際には、民主主義社会においては、人民がその考え方を受け入れることが出来て、初めて行動をとることが出来ます。人民が十分な自信をつけ、安心感を得るまでは、十分な支持を取り付け、行動を起こすのは難しいと思います。

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2020年1月21日火曜日

曽文ダムマラソン ②(マラソンに関係がない)曽文渓の話


以下は20192月に曽文ダムマラソンに参加した時のお話です。

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曽文(そぶん)ダムと言うと聞いたこともないダムの名前でしかないかもしれませんが、曽文渓と言えば、八田與一さんがつくった烏山頭ダムの水源として聞いたことがお有りの方も少なくないかもしれません。

司馬遼太郎さんの『台湾紀行』にこのようなくだりがあります。

……結局、官田渓(かんでんけい)という大きからぬ渓流に目をつけた。この川の上流の烏山頭(うざんとう)にダムをつくって貯水しようというのである。
が、官田渓だけでは、貯水量はたかが知れている。その本流である曽文渓の水流をそそぎこみたかった。
曾文渓は遠く阿里山に発している。山々をめぐり、支流をあわせてじつに水勢がさかんだった。
ただ官田渓を堰きとめる予定地の烏山頭の位置からいえば、曾文渓は烏山嶺という山のむこうを流れているのである。
八田與一はこの烏山嶺をくりぬいて水をダムに導く設計をし、施工した。くりぬかれる隧道は、三〇七八メートルにおよび、多くの死者が出た。八田與一は、それらを湖畔の「殉工碑」にまつった。……

この烏山嶺をくりぬいて曽文渓の水を烏山頭ダムに引き込むトンネルは「烏山嶺隧道」と呼ばれています。

古川勝三先生の『台湾を愛した日本人~土木技師八田與一の生涯』において、烏山頭ダムの建設において2つの大きな試練があったといい、そのうちの1つはこの烏山例隧道の建設工事中の事故であったと指摘されています。それだけに烏山嶺隧道の建設はのかなりの難工事だったわけです。

下の地図を見ると、上中央に珊瑚のような形をした烏山頭ダムがあります。その右側から下方へ曽文渓が流れていきます。烏山嶺は珊瑚形のダムの右側にあり、隧道がそれをくりぬき、曽文渓と烏山頭ダムをつないでいるのが分かります。

(出典:古川勝三『台湾を愛した日本人~土木技師八田與一の生涯』P127)

下の写真において、右側に見えるのが曽文渓です。中央の建築物は水門で、烏山頭ダムに取り込む水量を調節するとともに、ゴミなどが入らないように濾過の役割をも果たしています。


更に水門の西側です。下の写真の右手が水門、左側が烏山嶺隧道の東口です。


もう少し近づいてみたところです。取水口の両岸の石垣は、当時八田技師と一緒に台湾に来ていた金沢出身の方々が、前田家の家紋の梅鉢紋をイメージして作られた、という話を昔案内してくれた嘉南農田水利会のお姉さんがされていました。幾分山奥で、草が生えても中々草刈りに来る人も少ないため風化しているとも残念そうに仰られていました。


最後の写真は、東口の正面図です。




下方の口に曽文渓の水がどんどん入り込みます。その量たるや毎秒50トン、水流の速度は毎秒2.1メートルとのことです。想像が難しいほどの大きなスケールです。

残念ながらこの取水口は役目を果たし、今は新しい取水口の工事もほぼ終わり、ほぼ使われなくなっていると聞いています。

取水口が変わっても、曽文渓は今でも烏山頭ダムの水源であることに変わりなく、烏山頭ダムから嘉南平原の田畑に潤いの恵みが注がれ続けています。
  
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2020年1月20日月曜日

蔡英文 心の父の意志を継承し更なる遠みへ



台湾で発表された文章『蔡英文完全繼承「精神父親」李登輝的意志 而且走得更遠』
の拙訳です。

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明日は李登輝の97歳の誕生日である。



(本写真は上の記事原文から取得)

蔡英文と陳菊はその誕生日より一日早く李登輝を訪問し、30分ほど足を留めた。李登輝も蔡英文に続投が決まったことに対して祝福した。

様々な蔡英文の写真が公開されているが、そのうち2枚が脳裏から永遠に離れることはないと思われる。そのうちの1枚がこの写真である。いつも冷静な蔡英文が李登輝に寄りかかり、珍しく感情を顕にしている。この笑顔、この喜び、まさに父娘そのものである。ある意味、李登輝と蔡英文は心でつながっている父娘と言っても相違がない。

2018年春、私達は永和区にある総統官邸に蔡英文を訪問した。彼女は小さなリビングに座っていてこう言った。彼女の父蔡潔生と李登輝は古くからの知り合いであり、とある年に父親と一緒に李登輝を訪問した。その時もこのリビングで、この旧友たちは多岐に渡る色々なことをおしゃべりした。彼女は側で静かに話を聞き唯一話した言葉は「お父さん、もう11時よ、そろそろおいとまいたしましょう」だった。

蔡英文は李登輝の時代に育てられた。1984年、蔡英文は28歳。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを卒業し、父の言うことを聞いて帰台した。国立政治大学で教鞭をとり、法律学者として経済部の顧問を10数年の長きにわたって務め、官僚としての経験を積むとともに、父親の世代の人々との交流をもった。

李登輝は蔭で陳水扁が総統の道へと登っていくのを支え、西暦2000年という時代の区切りに、蔡英文は大陸委員会の主任委員として招かれた。陳水扁は外交業務を敢えて前政権の人材に託したのである。一般的には李登輝がこのように依頼したと考えられている。あるいはこのような言い方が出来るかもしれない――蔡英文は李登輝が民進党へ養女に出したのである、と。

蔡英文が民進党に入党したのは2004年になってからである。大陸委員会の主任から比例区の国会議員へと転身し、政界に足を踏み入れたのは実は非常に非常に遅いタイミングであった。事実、2008年馬英九は彼女を総統選のパートナーとして選びたかったと言っていたと言われるほど、彼女の政治色は目立たないものであった!(John F. Copper 2016年,188頁)

世の流れはまるで変わってしまい、2008年に蔡英文は民進党の主席候補に立候補した。実際のところは民進党のお家事情はかなり落ちぶれていて、どの派閥でもどのグループでも、この状態を切り盛りしたいという人間がいなかったのである。そこでこの腐りかかった家を誰かが連れてきた養女に丸投げしたのである。結果は周知の通り、彼女はこの家業を持ち直すことに成功したのだが、しかしそこは養女の身である。家業を繁栄させたとは言え、大一族の各世帯は彼女のことを軽んじた態度のままであった。2018年に呂秀蓮を訪ねた時、美麗島事件に話が及んだ。呂秀蓮は自分たちが美麗島事件で抗争している時、蔡英文がどこにいたか知らないと少々侮蔑にも似た口調で話した。時折新潮流派の長老たちに教えを請うと、蔡英文は弱い、そして木を見て森を見ずだと言った具合で、これまた蔡英文を軽く見ていた。

民進党のお家事情は、実のところ民視(注:台湾のテレビ局)の郷土劇場ドラマのようなもので、嫡流本家の長男の長男は地位が高く尊大で、本当に高貴なのはどこからか連れて来られた養子あるいは養女の方である。民進党が重用したのは、貧乏な家から苦学して這い上がり医者となった頼清徳(別名「台湾独立派のプリンス」)であった。蔡英文の心の父も、彼女が決断力と勇敢さに欠けるという苦言を口にすることが少なくなく、頼という大切な孫を誉めた。誰もが彼女が失敗することを待ち望み、昨年の党内での予備選では悲惨ないじめに遭ったと言っていい。

あるいは我々はこのように大胆な推測をしてもいいかもしれない。蔡英文は後妻の子供であり、家には10人の兄弟たちがいた。一番の末っ子として可愛がられたとは言え、このような環境で育っていくということは、他人の顔色を伺わなければならないし、品行方正でいなければならない、だからこそ、末っ子の甘えのようなものは全く無く、民進党郷土劇場ドラマで養女の役を演じることも余り難しいことではなかったのかもしれない。

環境が個性をつくり、個性が彼女の運命をつくる。彼女の全てが彼女の個性の中の確固たる忍耐とは、全く無関係ではない。18年に中央社が彼女にインタビューで訪れた時、即問即答集を考え、一番好きな映画の登場人物は誰かを聞いた。彼女は二人選んでもいいかしらと言いながら、「一人は日の名残りのアンソニー・ホプキンス、もう一人はアイス・エイジのシド。」と答えた。アンソニー・ホプキンス!!!人が忍耐出来ないすべてを忍耐しつくし、苦々しい感情をすべて押し殺す執事、かつ優雅でかつ自分自身を堅持している。このことが全てを説明しているではないか。

明確な主張があり、忍耐力がある。このような人物は失敗を恐れない。自嘲気味な韓国瑜を例外として、馬英九、頼清徳、柯文哲、呂秀蓮等のように台湾の政治家たちは大部分がナルシストである。政治家の政治ゲームはパラ拳(注:台湾のお酒を飲んだ時などに行う遊び)やじゃんけんぽんに似ている。彼女だけが碁を打つ。高みから遠くまで見渡し、遠い将来を見据えた厚い碁を打つ。

このような人物は失敗を恐れないものだ。2010年に新北市市長に立候補し朱立倫に敗北を喫し、2012年に総統選にて馬英九に敗北を喫し、そして2018年の民進党の大敗北と屈辱的な失敗を経験している。厚い碁のような長期的な戦略と戦術をもつ人間は一時の失敗を全く恐れない。2012年の敗北に際して彼女が行ったスピーチは、多くの人の共感と感動を呼び、大きな器を感じさせる風格があった。最後に勝利を手にする人物はどうやって負けるかを全く知らないものである。

昨年6月にTVBSの独占インタビューの際に、彼女はこう言っている。
「政治は禍福糾(あざな)えること縄の如し、失敗してから、盲点が浮かび上がってくる、そして却って自信がついてくるものです。もし何もしないで補助金のみを支払う政府であれば、私もそれは出来るし、みなさんが私のことをもっと気に入ってくれます。私は自分が十二分に剛毅果断であるとは言えず、また十二分に勇敢とも言えないことは分かっています。ただ本音を申し上げれば、剛毅果断でなく勇敢でもない総統が、敢えて年金改革に着手するでしょうか。敢えて三年間もの時間を費やして年金改革を実行するでしょうか。そして再度三年の月日を費やして国民はその効果をやっと感じるのです。私はなんのリスクもとっていないといえるでしょうか。総統は勇敢かつ剛毅果断でいなければいけないことに加えて、時には忍辱負重(にんじょくふじゅう)でいなければならないのです。」

彼女は強固な意志力でもって劣勢をひっくり返した。選挙前の最後の金曜日、私は蔡英文の選挙総本部にいた。午後4時頃になり宣伝カー部隊が出征より戻ると、欧米と香港からの視察団がまず本部ビル前に第一列目を詰め込みながら陣取っていた。小さな旗を振るガイドについてウロウロしていたのは、日本人のグループだった。彼らは本部で蔡英文グッズのカップ麺や帽子を買って、スケジュールに従って集合し、バスに乗った。蔡英文が巡幸を終えご帰還になると、優雅な日本人マダムたちは旗を振り、小さな声でキャアキャアと叫び、あたかもタカラジェンヌの降臨を見るかのような様子である。他にも一人のベトナム人留学生がいて、台湾がアジアで初めて同性婚を合法化したことから、彼にとって台湾は羨望の対象であり、わざわざ二週間の時間を費やして見に来たとのことである。声援が行き交う夜、自由広場と国立図書館の間の通りは閉鎖され、多くの香港人たちが何もなくただ時代革命、光復香港(Revolution Now, Free Hong Kong)と叫びつつ、横にいる警察たちを見て、警察がいるけど催涙スプレーはないねとニッコリと笑っていた。

選挙本部のメインカラーは桑の葉と桃をイメージした薄緑色とピンクであり、国旗や国章はない。かといって民進党党旗もなく、数年前に新潮流派の長老が文学青年や芸術青年が国を治めるのかと皮肉を込めて笑った。しかしながら彼女は既に一つの美学を形成し、一つの風格をも形成し、投票前夜には悲壮感もなければ、誰に跪く必要もなく、公明正大に畏れるものなく叫んだ。「平均給与の引き上げ、達成した。減税、やった。長期介護改善、やった。幼児託児所幼稚園の改善、やった。年金改革、やった。国防改革、やった。エネルギー改革、やった。台湾企業の台湾回流投資、やった。社会住宅、やった。同性婚の合法化もやった。経済の構造改革もやった。社会のセーフネット強化、これもやった。民主主義の防衛機制の構築、これもやった。」そして最後に叫んだ。「一国二制度の拒否、2300万の国民のため、これもやった!」

台湾の選挙は国内の一大事でもあり、世界の一大事でもある。小さな島の選挙結果が太平洋地域の情勢を動かし、島内の選挙がホワイトハウスと中南海の国際的な争いになり、両雄相争い、彼女の深謀遠慮と沈着冷静さが結果として、台湾がアメリカ側より史上最大の外交利益を勝ち取ることになったのである。

心の父の意志を完全に継承するばかりか、更なる遠みに達し、養女か嫡孫かあるいは直系か庶子かには構わず、自分が主体となり自分が責任をもち自分自身が答えを得た。(本来ここは紅楼夢第四十回から遡る探春の話であると書こうと思ったが、よく考えると民進党はそんなに優雅でもなければ、曹雪芹の高みに至っているわけもない。せいぜいで汪笨湖(注:台湾の作家、政治評論家)版台湾紅楼夢になるのがオチである。)

台湾の選挙には毎回必ず立志激励の物語がある。陳水扁には貧しい家庭から上流へと這い上がっていく物語があった。韓国瑜には中年で失業した負け犬が逆襲する物語があった。蔡英文の物語は、逆境に面しても、決してぶれないことは大切で、かつ努力することは大切であると語っている。

2020年の総統選挙で817万票は「反浸透法案」は間違ってはいない、同性婚の合法化は間違っていない、年金改革は間違っていない、そして台湾は一独立主権国家であると言っている。国民と蔡英文はそれぞれの一票によって民主を守り、改革に後戻りはなく、民主はまた前へと進めたのである。

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2020年1月17日金曜日

蔡英文 父への謝罪 


20160118日に台湾にて発表された『跟父親說抱歉 蔡英文』という記事の和訳です。


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蔡英文 父への謝罪 


20160118


(本写真は上の記事原文から取得)

最後の1マイルの歩みを終えた蔡英文。彼女は台湾の歴史上初めての女性総統となったことは言うまでもなく、更には民進党を初めて国会で過半数越えの勝利に導いたリーダーとなった。

この栄光の瞬間、彼女は言った。「だからといって亡くなった父は決して喜ばないでしょうね。」父親は彼女が政治の世界に身をおくことに反対し、大陸委員会の主任委員を務めていた時期には、電話をしてきて不平をこぼしたこともあった。「英文、何でもかんでもお前がやっていることを、テレビで知らせるのは勘弁してくれよ。」父親が2007年にこの世を去っていなければ、蔡英文は2008年に党主席の座には就かなかったであろう。父の目には、いつも靴を揃えずに脱ぎ捨て、静かに父親のドライブに付き添っていたこの少女は、16日に権力の頂点に登り詰めた。そんな彼女がこれまでに来た道を振り返り、父親に最も言いたかったのは「ごめんなさい」という一言だった。選挙に出馬することにより、父親の婚姻関係が絶え間なくマスコミでの議論の的となり、彼女は内心罪の意識を感じていた。2300万人の生活がその双肩にかかるこのリーダーにしても、心の深い奥底では今もなおこの父親の小さな娘である。

選挙前の最後の一晩の最後の時、既に98才まで齢を重ね、何度となく病魔との戦いをくぐってきた史明(注:台湾の歴史家・台湾独立運動家)は、突然集会の舞台の前に姿を現し、ぽかっと口を開け、手を胸に当てながらステージの上の蔡英文に会釈した。あたかも自分が一生涯追い求めていた理想を彼女に託したかのようであった。彼女はすぐに目を赤くし、そして周りに構わず頭をあげた。数秒間の間、激しい気持ちが流れ溢れていた。

勝利を迎えてから見せた笑顔


二日目は恐らく蔡英文の表情が最も豊かであった時ではないか。勝利の夜、彼女は声を詰まらせながら群衆に向かって台湾語で言った。「みんな嬉しい?みんな嬉しい?」傍らの陳菊がお茶を渡し、蔡英文はそのお茶を少し飲んでやっと笑顔を見せ、ステージの下ではシャッターが切り続けられた。この夜、華人世界で最も高い権力の地位に就いた女性となった蔡は、民進党を設立以来初めて立法院で過半数超えに導いたのである。

蔡は2008年の民進党が一番悪い状態の時に党主席を引き継いだが、これといった後ろ盾もない彼女に対して、誰もが二年ももたないと考えていた。ところがこんな想像に全く反して、彼女は民進党を苦境から脱出させることに成功し、2014年の総合選挙において大勝利を収めたのである。暗く波が荒れる道を歩み続けようやく大勝利に辿り着いた翌朝、本誌の電話インタビューに対して彼女は、「如何に強くて如何に頭の良い人でも、選挙のようなプロセスを進んでいく中、弱気にならないことなんて有り得ません。でも私にはそんなことはありませんでした。それは決して私が強いからではなく、私の後ろに良いチームの存在があったからです。

彼女はこの時の勝因の一つについて次のように結んでいる。「少額募金は人民により近づくための方法なのです。…人民に対して頭を下げることは大切なことなのです。」彼女は勝利の後、民進党に出した一番目の指示は「謙虚であれ、謙虚であれ、そして更に謙虚であれ。」という一言だった。蔡英文は2000年に大陸委員に任命された時にようやくその人柄が広く知られるようになり、2016年には既に権力の頂点に登っている。政治界のスターの養成は、彼女の言うところの「苦難が人を育てる」、これ以外の何者でもないのであろう。

民進党も彼女によって変わった。蔡英文のオフィスのデスク上には中華民国の国旗が置かれ、これは昔からの支持者の意図に反しているように思われる。民進党の党中央委員会も主席の習慣に従い、皆が「北京語」で話すようになった。陳菊ですら、選挙立候補者のサポートでステージに上がる時には台湾語を少なめに話すようになった。蔡英文により、この党もまた品を上げたかのように思われる。

グリーン陣営(注:独立派はグリーン陣営、統一派はブルー陣営と呼ばれている)の支持者であり、かつ蔡英文の親友である風車文化教育基金の代表である李永豊は、「台湾人は情を重んじる。一人の女性が一つの政党を救うのを見て、感動しないだろうか。」と言う。一人の「か弱い」女性が、危機に瀕していた民進党のイメージと巧妙に重なり合い、却って支持者の共感や同情を激しく揺り起こしたのである。

品格を上げた民進党


彼女は話をするときは、今でも右手を挙げながる習慣がある、それはあたかも大学教授のようで、そして淡々とした口調で、時にはどもりつつ話す。毎回テレビの討論会の後には、グリーン陣営の支持者は彼女の成果を評価せず、1994年陳水扁が台北市長の時の討論会の動画を熱狂的にシェアし、古い想い出から慰めを見出しているかのようであった。それが今や勝利である。李永豊は台湾語の諺を用いて蔡英文を形容する。「バクチに勝った人は、何をどう言っても正しい。」味気もなく特徴もないと言われた蔡の話し方であったが、今や理性的で冷静と言われるようになった。

とは言え何はさておき男性主導の政治の世界である。蔡英文は時には男負けずの頑強な面を見せることもある。某党幹部によると、党内の天王と呼ばれる大幹部たちが敗北によりイライラとして人を叱りつける場面を多々見てきたが、蔡英文にはそのような一面を全く見たことがないと言う。2012年の総統選にて敗北した際にも、彼女は全く落ち込むこともなく、すぐに理性的に敗北の原因を振り返ったという。初めて党主席に就任し、大幹部たちは彼女に構わず、党内の長老たちがしばしば彼女を呼び出して「説教」したが、彼女は礼儀正しく恭しく話を最後まで聴くものの、長老たちの指示は全く受け入れなかったと言う。

男性よりも更に強く


ある時地方にて、とある大幹部の宗親会(注:同一の苗字の人たちで構成される組織)の地盤において、大幹部は興奮し、今度の総統を選ぶのは自分のようだと言った。蔡英文に順番が廻り、ステージに上がると彼女は一貫して温和な微笑みを保持しながら、リラックスした感じでステージの下の人たちに「この中で宗親会の人たちは何人いらっしゃるのですか?」と聞いた。挙手した人は多くなかった。つまり群衆が見に来たのは大幹部ではなく彼女であるという意味である。そして彼女はまた質問をした。「前回お邪魔した時には皆さん私を支持して下さると仰ったのに、どうしていらしてないのでしょうか。」まるで小さな女の子が先輩に甘えるかのようであった。そして静かに大幹部に敬意を表しながらも、この年に行われる予備選に十分力が入っていないと言った。優しさをもすべて強さの表現手段となっている。

蔡英文はしばしば自分を猫に喩える。「私の性格は、自分が飼っている猫の蔡阿才にそっくりで、阿才は食べ物の好き嫌いはないし、どこででも寝られる。」表面上彼女は自分が出遇ったものをそのまま受け入れることができると言っているようで、しかしもう一方で彼女は自分がどんな困難な環境でも生き続けることができるとも言っているのである。

商人の家の出身で、父親は多くの妻子をもち、その中で最も年少である蔡英文はしばしば兄弟たちの間で父親の指示を伝え、そして走り回っていた。小さい力で大きなものを得んとする技術は、こんな家庭環境で獲得したスキルであった。最も可愛い末娘が政治の世界に足を踏み入れることに父親は反対であった。ただただ学者になればいいと願っていたのである。「もし父が2007年にこの世を去っていなければ、現在の蔡英文はなかったでしょう。」

今のような高みに登り詰めても、彼女は「だからといって父は喜ばないでしょう。」話す。鉄の女も父親のことを語るに及んでようやく少しの感情を露わにするようである。立法院にて海千山千の議員たちと口舌戦を繰り広げる末娘の姿は、この父にとっては見慣れない姿であり、堪りかねて電話をしてきて「他人には少しの情をかけ、逃げ道を残してやるものだ。」と言ったこともある。末娘が脱いだ靴を揃えなかった時、父は何日も我慢し、そして突然物々しく蔡英文を呼び出して、靴を揃えさせた。「父はいつも黙って私を見ていて、そして突然厳かに何かを言いつけたものでした。」蔡英文と同様父も口数が少なく、この父と娘にとって最も温かい想い出は、一緒に静かにドライブしながら、そして時折他愛もないお喋りをすることだった。「人生経験をちょっとお喋りするの。例えば父は私に『他の連中が奪い合ってやろうとするようなことには、絶対手を出すな』なんて言ったわ。」

この人生で最も輝かしいときに、お父さんに対して何を言いたいかと問えば、彼女は一瞬も躊躇せず「私は父に謝りたい」と答える。父親は全くのゼロから起業し、一所懸命自分の家庭を守り抜いた。「私が選挙に出馬したために、家庭のことがメディアで何度となくとりあげられてしまい、本当に父に申し訳なく思う。」権力の頂点に登り詰めたリーダーも、父の目の映る姿は永遠に靴を脱いでも揃えない、話をするときには相手に少しの情もかけない小さな娘なのだろう。

党幹部が形容する蔡英文は「安定したスタイルで、間違いを余りおかさない。」誤りをおかさないために、彼女はテレビの弁論会でも三分目ぐらいしか話をしない。宋楚瑜が台湾のGDPが韓国を越え、シンガポールに追いつかせると語り、朱立倫が最低賃金の引き上げを話に出した時にも、蔡英文からは数値的な公約はまったくなかった。九二共識に話が至った時も、彼女はその存在の有無についてはコメントせず、「92年の会談は歴史上の事実である。しかしながら会談結果に対しては色々な解釈がある。」とのみコメントしている。

このようなコミュニケーションのスタイルは彼女の政見でも反映されており、彼女自身は当選後、自身らが最もコミュニケーションに優れた政府になると言っている。食品安全を強化する、青年層の住宅問題を解決する…、甘い蜜のような公約は、まるで宗教が語る聖地のようで、仰ぎ見ることはできても、どのようにそんなところへどうやって辿り着けるかは分からないものである。

彼女が勝利を収めることができたことは、単に個人の意志によって実現したことではなく、この時代の要求でもあった。元立法委員の林濁水は、「環境を客観的に見られるかがキーとなっていた」と分析する。国民党が壊滅的な敗北を被った原因は、国民が両岸政策の失望と、中国に対する不安感の両者が民進党への票に投影されたと林は考えている。今回の66%という投票率は台湾史上最低であるが、勝利の一つの大きな原因はブルー陣営の有権者たちが投票を棄権するという選択をしたことにある。

蔡英文からの民進党の改革は表面的なものに留まるかもしれない。陳水扁時代以来、民進党にはコア・バリューが欠如しており、その状況は今も変わっていないと林濁水は分析する。洪仲丘事件からひまわり学生運動に至るまで、民進党は社会運動の牽引者ではなく、フォロワーとなっている。「改革への足取りは時代力量の方が前を走っている」と林濁水は言う。


蔡英文は理想と実務の二つの面のバランスをとろうとしている。社会からの要求に追いつくために、民進党は比例区名簿に社会運動で活躍した人たちを大量に採用し、地方選挙では各界との協業を行い、過去の国民党陣営も面目喪失である。政治評論家の江春男はこれを評して、「イメージに問題がある人たちがこの党に押し寄せ、台湾を愛するとか、反国民党などという安っぽいスローガンを政治的見解として、民進党は日に日に国民党化していることは火を見るより明らかである」と言っている。

苦境から脱出したい箱の中の猫


2000年の政権交代以来、民進党は改革を訴えてきている。2008年、国民党も改革を訴えるようになった。2016年の投票前夜、蔡英文の口からもやはり改革という言葉が出てきた。15年の月日は流れたが、台湾人は一体どのような改革を求めているのであろうか。皆が一眠りし、目覚めた時に台湾が変わっていることを切望しているのか。一人ひとりがステージの前にいた史明のように、改革の希望をステージの上にいる人に託しては、たびたび失望するのであろうか。

香港のメディアがかつて台湾の苦境を喩えて言った。台湾は箱のなかに閉じ込められた一匹の猫である。箱の外には二つの力がある。アメリカと中国だ。二つの力が箱を揺さぶる。箱の中の猫はバランスをとらなければならない。300万票の大勝利を得た蔡英文にとって、栄光は災いに転じ得る。そして民意は水、船を浮かばせることも出来れば、反対に船を無情にも転覆させることもできる。彼女もまたあの箱の中の猫となった。箱の外の二つの大きな力は、台湾という島の中の日に日に台湾独立を求める若い世代と、客観的に見ても日に日に強大となっていく中国である。勝利は偶然ではないが、箱の中のバランスをうまくとっていくことこそが本当の試練であろう。

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2020年1月16日木曜日

曽文ダムマラソン ①いざ台南



以下は2019年12月に曽文ダムマラソンに参加した時のお話です。

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126日(金)の朝の便で東京から台北に戻ってくると、台北は大雨でした。

今日こそは少しでも走りに行こうと機内では考えていたのですが、即諦めました。しかも、台北の自宅に着いてからPCを開き、こちらに無事戻ったことを報告するメールを日本の仲間に入れた後、ソファーに横たわっていると、そのまま眠ってしまいました……。東京では毎日夜遅くまで仕事があり、仕事の後は台湾の方を食事や飲みにお連れしていたので、ホテルに戻るのはいつも午前様だったのです。途中、トイレ等に起きた気がしますが、きちんと目覚めたのはなんと次の日の127日、土曜日の朝でした!

自分のぐうたらさ加減に呆れながら、東京出張で使った荷物をほどきつつ、台南行きの準備をします。実はフルマラソンを走るのは久しぶりで、よくよく考えると2015年の第1回金沢マラソンを走って以来です。フルマラソンを走るために準備するべきものを思い出しながら、荷物を整理します。

まず台湾のマラソン大会では、通常台湾マラソン協会(正式名称:中華民國路跑協會)のバックを使うことが推奨されており、更にはこのバックでなければ荷物を預かってもらえない大会もあります。久しぶりにこの小豆色の巨大サイズ(幅62cm×奥行24cm×高さ40cm)のトートーバックを引っ張り出してきます。なぜこのバックを使わなければ預かってもらえないのかは謎ですが、このバッグは100元の割に丈夫で、かつ大きさもゆったりとしたサイズで中々便利です。


 (写真は上述のインターネットサイトから)

次に衣服ですね。台南の山の中の気候はよく分からないですけれども、恐らく大会が送ってくれたタンクトップと短パンでよいと思いました。ただし12月の台湾は意外に寒いので、移動時のためにライトダウンジャケットやら長袖やらスエットやらも準備しました。

 (写真は曽文ダムマラソンの公式フェイスブックから)

あとは台湾の大会では、路線の途中の食べ物が自分の口に合わない可能性があるので、エネルギージェルをたっぷり準備しておくのがよいと思います。

忘れてはならないのは、パスポートや居留証や台湾の健康保険証等です。(そもそも台湾では外国人はパスポートがなければ、原則としてホテルにチェックイン出来ないですね。)

意外に忘れ易いけれども必須のものはワセリンでした。変な話ですが、乳首にワセリンを塗っておかないと(更にその上に絆創膏を貼っておけば完璧)、私みたいにノロノロ運転で42キロも走ると乳首がシャツと擦れて負傷するのです(早い人は関係ないのでしょうが……)。これが結構痛いんですよね。

15時ぐらいに荷物の準備を完了し、自宅を出発。

台北駅の自動販売機で新幹線のチケットを買おうとすると、運悪く普通の指定席(對號坐)は売り切れでした……。ということで今回は思い切ってグリーン車(商務車廂)に乗ることにしました。ちなみに台北-台南間の新幹線乗車料金は、グリーン車2,230元、普通車指定席1,350元、普通車自由席1,305元です(201912月現在)。グリーン車は結構高いですね。

台湾の新幹線のグリーン車はそれでも席はゆったりしていて、コーヒーやお茶は無料です。各駅を停車・発車する度にコーヒーやお茶のお代わりが必要か聞いてくれます。

台北駅から台南駅は新幹線(高速鉄道)に乗って約1時間半です。そして高速鉄道の台南駅は在来線(台湾鉄道)の沙崙駅に接続していて、ここから台湾鉄道の台南駅までは20分くらいです。新幹線の台南駅から台湾鉄道の台南駅へは、タクシーでもそんなに高くないはずです。私は18時頃には台南のホテルに着きました。

よくよく考えると台南に来たのは、2013年に八田外代樹夫人の銅像開幕式以来です。台南駅自体も、台南駅の周辺も全然変わっていなくて、私が2005年に初めて台南で仕事に来た時にずっと泊まっていた駅前の「台南大飯店」なんて、当時のそのままです。台南はお洒落な街として発展してきていると聞いていたのに、台南駅周辺は全然変わっていないのでなんだか拍子抜けしました(一応台南駅は外壁を工事中ではありましたが)。

長い間台南には行っていなかったものの、最近の台南には『我が家』という金沢人御用達の日本料理屋があると同郷の友人たちから聞いていました。このお店のマスターは金沢美術工芸大学に留学していたそうです。明日に備えて、『我が家』にてお酒は控えめに、食べ物はたっぷりととりました。『我が家』は商売繁盛、とりわけ土曜日の夜ということでお客さんが多く、マスターとお話出来ませんでしたが、レジの女性に自分は金沢の生まれで、金沢の友人が宜しく言っていると言って彼の写真を見せると喜んでくれました。

ホテルに戻ってから、シャツにゼッケンを付けたり、シューズにタイム計測用のチップを取り付けたりしました。早めにベッドに入ったのですが、昨日寝すぎたせいか、なかなか寝付けません。また自分のだらしなさを反省しながらうとうとしました。

さて翌朝、128日(日)の朝ですが、大会が準備したシャトルバスが5:00に台南駅を出発するので、4:30頃にホテルを出発してくてく歩いていると、ランナーっぽい人が結構歩いています。台湾では例の巨大トートーバックがランナーの目印です。

駅前の郵便局のポストには「劍獅」が描かれています。「劍獅」は台南安平地区で家々のお守りとして使われています。沖縄のシーザーと似ているように思います。



更に駅前の地下道の壁には八田與一さんが描かれていました。やっぱり台南に来るとホッとします。





台南駅に着くと、まだ出発時間の5時になっていないのですが、一台のシャトルバスが丁度出発するところでした。私は2台目のシャトルに乗り込みました。



バスは結構よい観光バスで、シートも揺れも心地よく、外もバスの中も薄暗く、私は即寝てしまいました……。
(続く)

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2020年1月15日水曜日

台湾の選挙から日本を考える


台湾では在外選挙の仕組みがないため、今回の選挙のために、多くの人が世界各地から移動しました。また住民票という概念も日本と異なり、日本の住民票に相応する戸籍を故郷に置いたままにしている人も多いため、故郷へ帰る人々の国内の移動も大変なものでした (特に授業が終わってすぐに帰省する大学生に感心!)。


日本は多くの若者が無気力に見受けられますし、在留邦人は日本の政治について文句は言うけれども、在外投票すらしない人が少なくないように見えます。台湾の人たちがこうして頑張っているのを見て対比すると、残念に感じます。少なくとも投票はして欲しい……。


また、年末にこんなニュースがありました。


『台湾の総統選 沼田前駐台代表、蔡氏と韓氏の差「5ポイント以内」と予測』


……各世論調査の結果で蔡氏の支持率が現時点で韓氏を大きく上回っていることに触れつつ、両氏の個性を加味すれば、「(支持率の)大きな開きはもしかすると無いかもしれない。5ポイントかその範囲内なのかもしれない」と分析した。


……さらに、立法委員選の行方も予測。民進党は「(議席を)確実に減らす」と断言し、「過半数の57(議席)を取れる保障はどこにもない。国民党が第1党になるかもしれない」との見通しを示した。


出典: http://japan.cna.com.tw/news/apol/201912230003.aspx 


結果論とは言え、現実には蔡英文が20ポイント近く離し、民進党が全開より議席を減らしたとはいえ60議席以上獲得したわけで、このことは日本の情報収集能力が著しく低下している現れだとも思えます。これまたなんとも残念な気持ちになります。


更に今回の結果について、香港で一国二制度がワークしないということが証明され、台湾が一国二制度にノーと言いったと解釈するのはよいのですが、更には多くの台湾人が「政経分離」が不可能であるということを悟ったということを認識した方がよいと思います。


これまでは統一は嫌だからとりあえず現状維持としておいて、そしてチャイナへ行ってお金だけは稼ごう、中国にへつらっておけば、たくさんの観光客が来てくれてたくさんお金を落としてくれるからそうしておけばいい。これまでは多くの台湾の人がこのように考えていたわけですが、今回はこれはどうやら考えが甘い、幻想に過ぎない、中国からお金で釣られたらエライことになってしまう、このように考える人が台湾の多数派となったわけです。

(無論、チャイナから撤退できずにいる企業や人もいますが。)

うちの日本老闆(りーべんらおばん;日本人ボスの意味)が

「ここ数年やっとこさ欧米は中国にはもう騙されないという姿勢をとっている。特にトランプ政権は中国と喧嘩している。欧米各国は中国のWTO加盟から約20年経って、WTO加盟後に中国は普通の国になるというのが幻想だったとようやく分かった。」
という話をしていらしたのですが、これと非常に似た話が台湾でも起きているということであると思います。

一方で日本といえば、日本を代表するような大企業は中国に将来の命運をかけるような戦略をとり、一部マスコミは中国ビジネスを煽り、政府は習近平を国賓招待するという。


どのようなプロセスを辿って、このような意思決定に至ったのか不思議な気がいたします。


日本がかなり危ない方向に向かっていると思うのは私だけでしょうか。


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本ブログの概要

起業、大学院での活動、在台日本人の生活等を通して色々な角度から見た台湾について、そして台湾から見た日本について、皆さんとお話していきたいと思っています。