2010年5月18日火曜日

祖母の命日に考えたこと

5月17日は父方の祖母の命日で、本当は墓参りでもしなければならないのでしょうが、故郷から離れている私にはそれもできません。

ただこれはたとえ東京に住んでいたとしても同じことなので、仕方がないと割りきっています。

少なくとも台北にいて幸いなことは、台湾では素食と呼ばれる精進料理のお店が多いので、東京とは異なり容易に精進できることです。

私の故郷北陸は真宗大国で、喪に服す時の精進はアタリマエのことで、子供の頃に曾祖母が去ったときには49日間精進していたのを覚えています。

宗教には無頓着な私でも、そんな環境で育って得た一種の習慣のため、東京にいて精進が難しいときには罪悪感を覚えたものです。

そして今回台湾のこの環境に改めて感謝するのでした。

少々話は変わりますが、以前上海にいたときのことです。

その時の師匠のHさんは、文化大革命の頃からずっと中国にいらして、日本へは滅多に帰国されなかったのですが、帰国の際に必ずご母堂様の墓参りをされていました。

Hさんはある時大好きなシーバスのソーダ割りのグラスを手に、墓参りのお話をされたときに仰られました。

「結局はお墓参りも亡き人を偲ぶことも自己満足に過ぎない、自分のためなのだ」と。

私の祖母の命日における精進も、結局は自己満足なのだと思います。

更に亡き人を偲ぶことは、自分の人生における時間が有限であることを再認識することで、これまた結局は自分のためなのではないでしょうか。

また、H師匠の名言に「時間は誰に対しても平等」というのがあります。

誰もが1日24時間しかなくて、1年は365日しかないですし、どんなに長生きをしても150年生きられるわけでもありません。

私は前に勤めていたコンサルティングファームを辞めることによって収入は減りましたが、自分の時間をよりコントロール可能とすることができるようになりました。

でもそれに甘えて、ダラダラと過ごしている時間も多々あり、今自分に猛反省を強いています。

年齢を重ねるにつれて、同じ本でも読む度に異なる感じ方をし、新しい発見をするように、祖母が言っていたことを今一度考えてみると、これまた違ったことを考えさせられます。

私の祖母は明治の生まれで、おしんのように東京へ奉公へ出ていたりして小学校もろくに出ておらず、字もあまり書けませんでした。

そして、戦後は私の祖父に当たる夫に先立たれ、女手一つで四人の子を育てました。

そんな祖母が父が上京するときに言ったそうです。

「水と女にはきぃつけろ」

確か私が初めて渡米する際に、父が初めてこの話をしてくれました。

当時まだ若かった私は、アメリカでは水は異なるとはいえ、ミネラルウォーターを飲めば問題ないし、ましてや自分が悪い女にひっかかるわけがないと、なんだか父が悪い冗談でも言っているように感じたものです。

今考えると、自分のアンテナの受信感度が余りに浅かったことを情けなく、恥ずかしく思います。

人生何はさておき健康第一であること。

そして、色々な誘惑があるけれども、一瞬の過ちが人生を台無しにしてしまうことも往々にしてあること。

(後半は私の日本にいるY師匠の言葉をパクったものです。Y師匠、勝手にぱくってゴメンナサイ。)

祖母の言葉の真意はそんなことだったのではないかと思うのです。

有限の時間である人生において、周りから振り回されずに、志を保持し、心身ともに健康で一歩一歩前進して行くこと

そんなアタリマエに大切なことをきちんと実行することの難しさを、祖母を思いながら痛感したのでした。

✤✤✤

2 件のコメント:

  1. 他人のためであり、自分のためという感覚はよく分かります。人のためだよと言いながら、結局自分のエゴだったりしますよね。良い意味悪い意味含めて。

    あと、ワタシも、今は、ファームにいる頃より、随分時間ができて、こういう生活もあるんだなーと知り、知ったことだけでも自分というものを広げることができたなーと思っています。

    ところで、次の週末は、善光寺にいってきまーす。

    JOE

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  2. コメント頂き、どうも有難うございます。

    忙しいということは必ずしも充実しているとは限らないものですよね。時間があって、色々と読書をしたり考えたりすることができるということは、人生において非常に大切なのではないかと思います。

    善光寺さんとは格調高い旅行ですね!

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本ブログの概要

起業、大学院での活動、在台日本人の生活等を通して色々な角度から見た台湾について、そして台湾から見た日本について、皆さんとお話していきたいと思っています。